没個性を称えよ、個性を解放せよ

ベッドに鎮座する人体風の奇怪なオブジェの落書き

ロシア留学22日目 「ロシアだもの、仕方ない」@モスクワ市街

22日目。授業が始まっているので大した出来事は起こっていない。

中々うまくいかないことが多い日だった。

 

まず、謎のロシア語電話が来た。慌てて「英語わかりますか」と聞いたが大きな声で「No!」と言われた。英語が使えないのに英語の表現で断られた。ほぼ相手の言ってることをオウム返しにしながらなんとか応対した。いつか予約した劇場からの電話であった。コミュ障なんだから突然の電凸はやめてほしい。

 

次に、昨日は午後から2時間だけの音韻の授業だったのだが、所定の部屋に向かうとコーカソイドがたくさんいた。ビビッて入れずにもう一度時間割を確認しに行くと、いつの間に差し替えられていたのか、授業教室が変わっていた。それだけなら良いのだが、いざその教室へ行くとそこにいたのは最難関クラスの精鋭たち。自分のクラスメイトも何知らぬ顔で座っていたが、なぜかそのまま最難関クラスに提供される「ロシア語で学ぶスラブ語音韻学」を受講する羽目に。何もわからず1時間過ごした上、あなたたちのクラスはここで待っててねと言われた先には...誰も来ませんでした。ロシア人学生のアンケートに答えてチョコをもらったのだけが救いだ。

 

虚無の授業の後、サンクトペテルブルクで知り合った日本人のご婦人と食事するべく市街中心にあるКитай-Город(中華街)界隈に向かった。なおこの界隈は名前と裏腹に中華の要素は全く無い。地下鉄に乗るためにトロイカカードにチャージしたら、残りの現金が1000ルーブルを切った。日本円で約2000円。残り6日くらいあるのにどうやって生きていけばいいのか。

 

ご婦人と5時間ほどモスクワの中心を徘徊し、楽しい時間も過ぎお別れすることとなった。来た時と同じようにКитаи-Город駅へ向かうと、何やら様子がおかしい。地下鉄の入り口に沢山の警官・軍人。出入口付近に近づくと、「入るな!駅は封鎖されている!」と怒鳴られた。ツイッターで調べると、爆破予告されていた。おかげで1駅真夜中のモスクワを歩く羽目になった。もうフラフラだ。

www.interfax.ru

(「モスクワ地下鉄Китай-Город駅、爆破予告にて封鎖」キレそう。)

 

最後まで疫病神に魅入られていたようで、寮に帰ったら帰ったで何故か断水していた。たまらねえぜ。用を足すのに真っ暗な大学を携帯で照らし2階まで降りなければならなかった。なお住んでいるのは13階である。

 

気分がふさぎ込むほどではないが、中々災難な1日であった。

でもこんなことくらいは「ロシアだから、仕方ない。」

 

これは先月末この大学に来た時、空港から大学まで連れてきてくれた日本語を話せるロシア人のお姉さんの言葉だ。

 

我々は夕方にモスクワ北部のシェレメチェヴォ空港に着き、そこからお姉さんに連れられてチャーターバスで移動した。しかし重度の交通渋滞で、空港から大学に着くまで3時間もかかった。普通の交通状況なら絶対にそんなにかからない。

 

気温もとても寒かった。雨夜だったのだ。とっとと入寮したかったが、あまりにも到着が遅れ事務員のおばちゃんが既に帰っていた。結局おばちゃんを再度呼ぶまで1時間強、我々は冷える寮のロビーで待った。

 

しまいに、お姉さんづてにおばちゃんが言うには、我々が住む部屋のシャワーは総じて壊れており、皆1階の共通シャワー(一度に2人までしか使えない)を使うしかないとのことだった。このあたりで我々は「ああロシアに来てしまった」と諦めてはいた。

 

お姉さんが最後の諸々の手続きについての説明をし、帰る寸前に我々に笑いながら呟いたのが上の言葉であった。「私は悪くないです。ロシアだもの、仕方ない。」もとより誰も責める気はなかったが、さらっと「ロシア」のせいにして開き直るスタンスがこの国にはあるようだった。

 

もう20日強ロシアにいるが、今のところ何よりロシアらしいと感じたのはこの言葉だ。

 

正直、町や食べ物は、要素は違えども、どういうところに何があって、とか、どういうものが食べられていてとかは日本とそこまで変わらない。世界は均質化しているからだ。都心部には政府機関と土産物屋、日本でも名を聞く専門店を詰め込んだモール、マクドナルドやバーガーキングなどのグローバルチェーンとロシアのローカルチェーン。郊外にはチェーン店と小規模モールとスーパー。駅近くが栄えている。全然日本と変わったところはない。

 

しかし、ロシア人の人格はやっぱり違う。それを端的に表しているのが、「ロシアだもの、仕方ない」だ。この国の人々は、問題が自分に関連しているのか、とか、自分の責任がどこまでか、といった処世が非常にうまい。というか、ほぼみんながそういう「竹を割ったような性格」であるからこそ、互いの線引きを確認することにためらいがないのであろう。

 

ちょっとスーパーに行くなどしても、日本で見かけるような「態度の良い店員」はいない。警官は「ちょっといいですか?」なんて言わないし、ウェイターも呼ばれない限りはスマホを見る。

 

ロシアかぶれになったということなのか、日本の人々の人間関係は堅苦しすぎるように見えてきた。というか、たがいの責任や問題の線引きをうやむやにしている節があると私は思う。

 

日本人の美徳と言われているらしいものに礼儀や丁寧さがあるが、美徳道徳の名のもとに、他人の責任を求めて止まないことや、徒労を他人に押し付けることを、日本人は正当化してはいないだろうか。ロシアの人々を見ていると、ついついそういったことを考えてしまう。

 

私はロシアかぶれになったので、ロシア人的な人間関係のありかたが日本にも普及したら、労働の心的負担が軽減されるのではないかと見ている。帰国してまたバイトを始めたら、早速実践してみよう。