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没個性を称えよ、個性を解放せよ

ベッドに鎮座する人体風の奇怪なオブジェの落書き

制服を着続けることについて

大学生ではあるが、まだ時折高校の制服を着て大学に行く。

奇を衒いたいだとか、高校に戻りたいだとか(そう思うことはあるがこの時は違う)、そういうことではなく、単純に機能的だからだ。

ここで言う「制服の機能性」には2つの側面がある。

 

 

1.物理的側面

高校の制服は高校生が長期的に着ることを前提に作ってあるので、着たまま動くことに困難がないし、風通しも良い。大学内はそれなりに歩くので、動きやすければ動きやすいほどいい。

 

2.社会的側面

高校の制服は個性を消去する。この側面は「生徒の個性をはぐくまない」などの批判を浴びることが多いが、私は服装という形而下的な個性が見えなくなってこそ、高校生はより高次な個性を発揮できると考えている。この側面は大学生活においては、「いちいち服に悩まなくていい」という点で有用だ。少なくとも私は、おしゃれのセンスもないしおしゃれするだけの資金力もないので、一定の「清潔感」やら「フォーマル」を演出できる高校の制服が一番コスパが高い。

 

おしゃれが好きな人には理解しがたい物言いだとは思うが、共感者はいると思う。2番目の側面に関しては特に。決まった服装で大学に行くことで、「学問をする」という気分になる効果もあるかもしれない。

 

上に書いたのは私自身現在進行形で経験しているメリットであり、今のところ制服で大学に行くことでデメリットを食らったということはない。

 

制服というのは有用だ。捨てずに着続てほしい。