没個性を称えよ、個性を解放せよ

ベッドに鎮座する人体風の奇怪なオブジェの落書き

3/20

20日

朝起床するとすでに10時を回っており、急いで身支度を済ませ母と共に祖母が入所しているグループホームへと向かった。祖母は酒で脳が大分委縮しているものの、幸運なことに認知機能はさほどやられていない。同じことを何度か尋ねるものの普通に会話ができる。おそらく海馬あたりがイカレているのだろう。

 

祖母はその兄を戦艦大和で失くしているので、その沈没日である4/7が近づくとよく当時の話をする。なぜかこの頃の記憶はよく覚えているらしい。

 

大学生でもないのに彼女の口癖はいつも「しにそう」である。おそらく当分は死なないだろう。父方の祖母も口癖は「死ぬかも」で結局大往生したのだ。帰省したらなるべく顔を見せるようにしよう。

 

ホームがそびえる高台を後にし、帰る途中で田舎特有の馬鹿でかいモール(前日のとは違う)でパンを買った。物価が安いのか原料が豊富なのか知らないが熊本はやたらとパンのコスパがいい。大体どれを買ってもはずれがない。

 

いったん帰宅し、繁華街へ向かった。待ち合わせの場所で友人を少し待たせてしまったっが、無事合流しカラオケに行った。このカラオケの部屋というのがまた懐かしく、カラオケの機械の機種がなんとクロッソだった。クロッソジョイサウンドf1の1つ前の機種だ。私が高校生の頃はカラオケで通されるのは大体クロッソだった。まだ現役だったとは恐れ入った。

 

ものぐさな私には珍しく歌った曲をちゃんと記録していた。
MOTTO,Ring a Ding a Ring a Dong,袖触れ合うも他生の縁,花屋の娘,yoakemae,ようこそジャパリパークへ,さよならレイニーレイディ,Masked bitcH,腐れ外道とチョコレゐト,表参道26時,アルデバラン,氷の世界,マイクロフォン,冷蔵庫のろくでもないジョー

見事に一貫性も何もなかった。

 

実に無事にカラオケを終え、友人と別れ帰宅した。昼に活動するということに少しずつ身体が順応しているようで(こちらで然るべきなのだが)、家に帰って夕食を摂り風呂に入ったらすぐ寝てしまった。

なんとも平和な日々。