読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

没個性を称えよ、個性を解放せよ

ベッドに鎮座する人体風の奇怪なオブジェの落書き

理想疲れ

散り散りの思考の記録として。

大学に入学し1年が経ち、そろそろ私は19歳になる。2018年初頭にはもう成人式だ。確か立志式というのをして「大人になる自覚を深め」たのが中2(14歳)の頃だったからそろそろほんとに大人にならなきゃいけない。

ただ日本で成人になるのは大学に進学していたらそりゃあ大学生活真っ盛りな時期に被るもんだから、新成人というのは大体大学生っぽさが残っているだろう。

 

「大学生」という言葉を聞いたとき、私の貧弱な脳ミソが浮かべるのは「授業ぶっち!サークル飲み会ウェーイ!バイトを通して社会経験!」を旨とするモラトリアム全開人間だ。が、私は真面目(系クズ)な性格上中々そんなイメージに自身を持っていくことができない。というかそういう「大学生活は(学業以外の面において)楽しむもの」という考え方が根っからないもんだから中々どころか不可能だ。全ての授業にほぼ欠かさず出る系大学生だ。家に居ても暇だし、暇つぶしが授業に出ることくらいしかないのだ。

というわけで大学生イメージを自分に適用できない私は消極的選択により成人式を経てちっとは大人にならないといけないのだが、大人という概念が考えるとまた難しい。

 

「20歳以上=大人」では絶対ないと思いたい。20歳以上でもただウェイウェイしてるだけで絆だとか最高の仲間だとか言ってる人は失礼ながら大人には見えない。というか、私が持っている「大人」の像に全く合致しない。

私が「大人」になるためには、私が要求する理想の「大人」像に私を近づけなければいけない。私の「大人」像とはどんなもんだろうか。

少なくとも両親っぽい人間ではない。父親は学問畑の人間で、専攻分野に関する知識はピカイチだが日常的な生活が母親や私がいないと破綻する感じがする。母親は生活人としてはよくできている方だと思うが、あまり実証的ではないしすぐ感情的になる。

加えて、「イキってる」人物でもない(ツイッターでイキってる私がいうのも変だが)。権威の衣で周囲を威圧する人物にはなりたくない。謙虚かつ説得力のある人間?

どうやら私の理想像としての「大人」は少なくとも、

①日常生活に問題がなく

②程ほどの教養があり実証的な思考ができる

③謙虚ながらも屈さない 

性質を有する人間ということになる。

これは随分と理想が高い気がする。①は達成できなくもないが、②は追求すればキリがないし、③は相当地頭がよくないと難しい。私はそこまで地頭はよくできてないぞ...

この「大人」に私は20歳までに近づけるのか?いやこれからもっと「大人」に要求する条件は増えてくるだろうし、そのたびに自分を律する必要が出てきて理想への同化は一生かけても難しいだろう。アキレスと亀みたいになるはず。

 

自分の中で考えて自分で騒ぎ立てているだけなのだが、大人になるというのは結構大変な事らしい。いや、20歳になったら成人式経て法律的に大人~みたいな感じの大人には誰でもなれるがその大人はなんか私の文脈の中での大人とは違う。

理想とするところの大人を、私はこれまでの人生で数えるほどしか見たことがない。もしかすると、世の成人の多くも18歳頃には私と同じではなくともそれなりに理想的な大人像を抱いていて、成人し社会に出てからそのような「大人」では現実をやり過ごせないから妥協して今の姿になっているのかもしれない。理想の大学生を夢見る受験生と彼のその後みたいだ。

選択肢消去的に流れに乗って世の大部分の大人の一人になるのが良いか、とりあえず妥協を辞さなくなるまで理想に近づいてみるか。成人するまであと1年もないので今更慌てたって仕方ないかもしれないが、問題を認識してしまってしまったから考えずにいられない。2回生は暇になるだろうし、理想を目指してみるか。

今は圧倒的に教養がない。まずはちゃんと本を読んで勉強せねばなるまい。

深夜はこういうまとまらない思考が多くなるなぁ。