没個性を称えよ、個性を解放せよ

ベッドに鎮座する人体風の奇怪なオブジェの落書き

幸福の科学への出家

女優の清水富美加さんが幸福の科学へと出家するという、新興宗教マニアは嫌でも目が向かずにはいられないニュースが飛び込んできた。ちなみにこのブログで私が新興宗教マニアであることを書くのは初めてだ。

清水富美加 文書で「幸福の科学という宗教に出家しました」と宣言

 

幸福の科学大川隆法を創始者とする(実際は彼の父・善川三朗の助力もあったらしい)、実質GLAの流れを組む新興宗教だ。主祭神は至高神エル・カンターレで、大川と同一視されている。ブッダもキリストもソクラテスエル・カンターレの顕現とされているが、大川が一番偉い。大川の「霊言」およびそれをまとめた出版物による指導・布教が有名だ。最初の霊言は「イイシラセ、イイシラセ」に始まる大川の自動書記で、その主は日蓮だという。大学を作ったり映画を作ったりなどと色々作っている。現状ではおそらく創価学会以上に資金力のある宗教だろう。芸術活動に惜しみなく予算を出してくれるのでアーティスト界隈には人気らしい。

 

さて私は考察の対象として幸福の科学が好きでこのままだと書き終わらないので清水富美加の話題に移ろう。今回の出家はかなり端折って言えば労働環境のストレスが限界になった彼女が幼少からの信仰に回帰したということだ。

洗脳がどうとか、布施の額がやばいという問題は別にするとして、私個人としてはこの出家において幸福の科学はとても良いポジションにあったと思う。というのも、名の売れている芸能人が何もかも捨ててストレスから逃げるにしてもフツーの会社やあるいは治癒団体などではすぐにメディアの餌になってしまう一方で、構造上聖俗の一線の向こう側にある「宗教」という逃げ込み先ならば、ストレス源である「俗」の影響を最小限に抑えることができるからだ。別にメジャーな仏教への出家でもいいじゃんという考え方もあるだろうが、それではちょっとまずい。というのも、メジャーすぎると宗教は「俗」っぽくなるからだ。

つまり今回の出家で清水にとって幸福の科学は名実ともに聖域としての役を得たのだ。私は特に宗教者ではないが、「聖域」としての歴史があるにもかかわらず多くのメジャー宗教が「俗」化する中、新興宗教が逆に一番「宗教らしく」なったことを宗教界はよく認識すべきだろう。

幸福の科学に限らず新興宗教は拡大しよう拡大しようと頑張っているが、個人的には「今は」あまり広まってほしくない。というのも、タイミングが悪すぎるからだ。

歴史の見方をすれば、(アニミズムでない)宗教が活動して大きい影響を持ちうるのは、その国家や社会が黎明期であるか転換期に在るときだ。文明の黎明期に広まったのは仏教アブラハムの宗教、転換期に広まったのはプロテスタント天理教だ。またオウム真理教は2000年代を迎える直前という暦的な転換期にテロを起こし日本の宗教観に多大な影響を与えた。

現在日本はどう考えてもまだまだ転換期ではないし、宗教を始めいい意味で「傾倒」することにすらマンネリ感・無駄感が漂っている感じがする。そのような中で今回のような宗教界の文脈での事件(イベント)が起こり、仮に幸福の科学がもっともっと力を持つようになったとしても、大部分の日本人に伝統が搭載した仏教神道パラダイムと衝突して最終的になんか起こして終わりだろう。

つまり私は幸福の科学にとって一番いい選択というのは、今の日本の価値観が宗教以外の原因によって揺るがされるまで拡大ではなく現状維持をすることだと思うのだ。そうしたら晴れてメジャーになれるだろう。

断っておくが私は幸福の科学の信者ではないし、そもそもその教義など毫も信じる気がない。ただ、この団体は無気力な現代においてもまだ生き生きしている方だから、(あの創価学会立正佼成会ですら今は高齢化により減退傾向にあるらしい)やるなら最適な選択をしたほうが面白いとは思っている。もし本当にメジャーになってしまっても私はいち日蓮宗徒として生きるが。ええでもみんなが大川隆法崇めんのかぁなんかいやだなぁ......

 

書き出しの話題から二転三転しつつ書いたが、要旨は次のような感じだ。

①今回幸福の科学はかなり「宗教らしい」役だった。

②でもこれを機に布教拡大してもあまり効果ないかも。

③そもそも伝統宗教の支配下にある今追いつこうとしても意味がない。

④布教するなら価値観の転換期にやってください

⑤でもなんかやだなぁ

 

これだから新興宗教マニアはやめられない(強引な締め)