没個性を称えよ、個性を解放せよ

ベッドに鎮座する人体風の奇怪なオブジェの落書き

言葉と行動

私には注意欠陥的な傾向があり、次から次へとやることを変えがちだ。勉強する時など大変だ。あることを考えた時にその関連事項が勝手に想起されてそっちに注意が向き、例えば最初は統計の勉強していたのに最終的に芸術学のレポートを書いていた、などという経験が多い。

まだ一般教養課程にいるので科目数が多く、その点では「少しずつ全部の勉強やって、ある程度理解を完了できるタイミングが同じ」になるから便利かもしれないが、来年度からは同系統の専門科目ばかり履修する予定なので多分メリットが消える。

 

というわけで私は自分の思考と行動を自分で統制する方法を身につけなければならないのだが、これに関しては受験期の方略がよく使えると思う。

受験も持続的な集中力を要するイベントだが、既に書いた通り持続的な集中というのは私の不得手とすることだ。だから今は遠き受験生の私は1時間ごとに勉強科目を区切ったスケジュールを、レシートやらの紙に書いてポッケに入れていた。こうすると不思議なことに(多少の誤差はあれど)ちゃんと「過去の自分の指示」に基づいて勉強ができた。

一般化してみるなら「予定を物質に依存する言語(文字)にしたこと」が効いていると思う。ちょっと調べてみるとAD/HDの方々もまたタスク管理にはToDoリストを使うなど、文字化による行動統制を実践しているようだった。

www.kukkanen.tokyo

 

思うに、人間の行為はかなり言語に規定され得るのだろう。大学の心理学の授業で「ワーキングメモリ」のモデルに音韻ループという機能があることを知った(この2語の意味はリンク先のはてな辞書を参照)。音韻ループで思いついた行動予定が再生されても、人間の記憶からそれはすぐ消える。それをすぐには消滅しない物質に依らせることで、いわば長期記憶を外に写しているのだろう(そもそも記録メディアの役割はそれだ)。

他にも、全然詳しくないが精神分析の大家の一人、ジャック・ラカンシニフィアン(意味するもの)を重視した。こじつけになるが、ラカンに依るなら上記の行動管理の方法は理にかなっている(音韻も文字もシニフィアンだから)。

 

まあこの方法が最強!なんていう気はさらさらないが、「言語を物質にしてしまう」ことで行動を統制すること自体は多分注意欠陥的な傾向のない方にも役に立つと思う。